2005年 6月議会
|
議第7号「政府閣僚の靖国神社参拝の中止を求める意見書」につきまして提案理由の説明をさせていただきます。 今年はあの第2次世界大戦が終わって丁度60年の節目の年です。全世界が、戦勝国も敗戦国も2度と再びあのような戦争を繰り返さないと同じ気持ちで平和の未来に向かってすすもうとしていますが、日本政府の姿勢、とりわけ小泉首相の靖国神社への参拝問題をめぐって、中国、韓国をはじめアジアの国々と日本との関係がこれまでになく悪化し、深刻な事態を迎えています。その最大の原因が過去の戦争や植民地支配に対する日本政府の態度にあることは明白です。 小泉首相は4月22日、インドネシアで開催された「アジア・アフリカ首脳会議」に出席し、1995年の村山談話をふまえ、「わが国はかつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切なる反省と心からのおわびの気持ちを常に心に刻みます」と述べ、国策の誤りを認めて反省の意思を表明しました。 ところが、この見解を示す一方で靖国神社への参拝中止を明言せず、アジア諸国をはじめ国内外から強い批判をかっています。マスコミ各社の最近の世論調査でも「やめたほうがよい」が「やるべき」を全て上回っており、50〜60%が反対となっています。 では靖国神社とはいったいどのような神社なのでしょうか。私も以前行ってみましたが、靖国神社には普通の神社にはない「遊就館」という本殿や拝殿の20倍もの広さを持つ特別な施設があります。ホールには旧日本軍の戦闘機=ゼロ戦や回転魚雷が飾られ、館内では軍歌が流され、日清・日露戦争から太平洋戦争まで「日本の戦争は正しい戦争だった」という立場で戦争の歴史を紹介している軍事博物館で、ここでは侵略戦争を正当化し、英霊達の「武勲」を忘れてはならないという展示以上に強烈な「私達はわすれない」や「君にめぐりあいたい」などのドキュメント映画が連日上映されています。 「2度と再び同じ過ちはくりかえさない」が戦後日本の出発点で、世界に向けての誓いでしたが、遊就館に入るとまったくさかさまの戦争の歴史が語られており、愕然とします。 宮司の挨拶文では日清・日露以降の戦争について「わが国の自存自衛のため・・・皮膚の色とは関係のない自由で平等な世界を達成するため、避けえなかった戦いがございました」と侵略戦争を「アジア解放」のための正しい戦争だったと述べているのです。 この攻撃の矛先はアジアに限ったことだけではなく、アメリカにも向けられており、 1941年の太平洋戦争の開戦責任はアメリカにある。日本は戦争回避のために「日米交渉に最大限の努力を尽」くした。それなのにアメリカのルーズベルト大統領が「資源の乏しい日本を禁輸でおいつめて開戦を強要」した「米国は大恐慌から逃れるために真珠湾攻撃を日本に強要した」という主張をしています。このような靖国史観は世界中の人から受け入れられないものです。 靖国神社は植民地支配と侵略を反省した政府見解である村山談話を「ウソとあやまり」と攻撃し、軍人、軍属を始めA級戦犯を「戦争犯罪人というぬれぎぬを着せられた人達」で「昭和遵難者」と賞賛し、神様として祭ってあり、広島・長崎の原爆、沖縄戦などで犠牲となった国民はまつられていません。 「戦争で犠牲になった人に敬意を表すのは当然」という論がありますが靖国神社は、戦争で亡くなった人々を追悼する施設どころか、戦争賛美を国民に広めることを使命としている施設なのです。 このような神社に小泉首相をはじめとした政府閣僚が参拝することは単なる個人の信念を越えて、政府の公式見解とも矛盾し、靖国神社の侵略戦争正当化の立場に政府のお墨付きを与えるものです。 河野洋平衆議院議長や羽田孜・中曽根康弘元首相も「慎重な対応」や「個人的信条よりも国益を優先」するよう参拝の中止を求めています。 国連への常任理事国入りをめざすのであれば、歴史問題に対するきちんとした対応を先ず行うことが不可欠です。近隣諸国との友好と日本の国益を守るうえで、小泉首相はじめ政府閣僚は、国民多数の声を真剣に受け止め、靖国神社への参拝は中止するよう強く求めるものです。議員の皆さんには是非このような趣旨をご理解いただき意見書提出にご賛同いただきますようお願い申し上げ提案説明とさせていただきます。 |